2007年4月24日火曜日

旅をすることについて思う、2、3のこと


昨日、寧楊さんのお店で、ハルー(半角カナは勘弁してください…。変換がめんどくさすぎる。笑)さんと、少し喋ったのでした。
就職活動まっただ中の彼女の大学生活も、残すところあと1年を切ったわけで、就職先が決まれば、どっか外国に旅行に行きたいな、と。
それも、買いものツアーじゃなくて、もちょっと実のなる旅行を、と。

どれくらいの期間、どこに、ということが決まっているわけじゃないから、なにを言うこともないんですが…。

なんでもいいから知らないものを見たくて、好奇心の赴くままに行くというのはね、もちろん、素敵なことです。
ただ、
3日、4日、1週間程度の旅行ならともかくとして、も少し長期の、そういう旅行、具体的な目的を持たない旅行は、真面目にやればやるほど、ヘビーになっていきます。
外の世界を知るということは、自分を知らされることに他ならないし、自分の内面を旅することに他ならないんですが、自分の内面なんて覗いてみたところで、たいていは、空っぽだからね。
空虚。
その、なんもなさに愕然として、どーんと落ち込んじゃうことは、ありますな。
真面目にやればやるほど、そうなりますわ。
と言いますか、
旅行というものは、元来がそういうものなのですよ。
ひとつ知れば、知らないことが10個出現し、外を知れば知るほど、自分というものが見えてきます。
その、自分が見えてきたときの、そしてなにもない空っぽの自分を思い知らされたときの落ち込みようといったら、なかなかないですよ(笑)

それは、覚えておくと、いいです。

あとね、
なにか目的を持って外に出る、というのは、意外と、いい結果を生むんですよ。
たとえば、音楽が好きなら、自分の好きな音楽のルーツを探ってみる旅、とか。
パスタが好きなら、パスタを食べまくる旅、とか。
ひとつの軸を据えることで、軸の周辺にある有象無象もちゃんと見たり聞いたり感じたりすることも出来るどころか、そのほうがいろんなものを見たり聞いたり感じたりしやすくなるんですね。だから、これは、案外といいです。

焦点を絞るとね、視野は逆に広がるんです。
一方、焦点を絞らない、漠然とした目は、文字通り、漠然とぼんやりとしかモノを見られなくなることもあるので、投資分を回収出来ないなんてことにも、なりかねないわけでね。

いつだったか、寧楊さんの日記、ハルーさんの日記の両方で、「なんのために働くのか?」と、いろんな人を巻き込んでわいわいと盛り上がったことがありました。

オレも、ハルーさんの年のころに、おなじようなことを考えてましたよ。
なんのために働くのか? ってね。
おおげさな物言いをするなら、オレは、なんのために働くのか?の問いを抱えて旅をしていたような気がします。
それで、というわけでもないけれども、いろんな国のいろんな場所で、働く人たちとお喋りしてきたような気がします。

韓国だと、お葬式の盛り上げ役として、泣きわめくのを仕事にしているオバァがいますね。
シリアで、毎日道端に本を300冊くらい並べて売ってるオヤジがいたんだけど、毎日夕立が降って、そのたんびに濡れるから慌てて片付けて、雨が上がったらまた本を並べて売ってるオヤジとかね。
インドで、ガンジス川の川畔で、クリーニング屋をやってるオバァがいました。このオバァは、クリーニングしたシーツをお客にわたしたあと、こっそりと、シーツに泥をつけに行ってるんですよね。んで、もっかいクリーニングに持ってこさせる…。
パキスタンでウォークマンを盗まれた翌日、泥棒市に行ってみると、盗まれたオレのウォークマンが売られていました。
ナイジェリアのガラクタ市では、輪ゴムを1個、売ってる子供がいましたよ。
パリで、ストリップ・ダンサーをしながら放浪している妙齢のジプシーの婦女子さんに出会いました。
ブラジルには、砂金を求めて人々が殺到している村があります。
フィリピンでは、トイレで小便するオレの横に立って、用を足したあとにティッシュでオレのを拭き取ろうとしてゼニを要求しようとしたやつがいました。
ボリビアで、インカの財宝を今も探しているシュリーマン気取りのトレジャー・ハンターをたくさん見ました。
そして、ポン引きは、世界中のどこに行っても道ばたに立っていて、揃いも揃って、オレはポン引きです!という顔をしています(笑)

いろんな仕事があって、いろんな生きかたがあるのだなあ、と、オレは、いつしか、なんのために働くのか?という問いよりも、どのようにして働くのか?という問いのほうへ、興味の対象は移っていってました。
それは、その人の生きかたに関わってくる問題だから、興味深かったですよ。

そういう視線で、いろんな場所に赴くのも、悪くないと思います。
もちろん、目や耳や花や皮膚から身体に飛び込んでくるものを片っ端から無差別にインプットする、という、具体的な目的を持たない旅というのも、それはそれでいいんですけどね。

ただ、そういう旅もあるよ、ということで。

それはそれでいいんですが…、
もうひとつだけ。
たとえば、インドに行って、カメラを構えれば、360度どこを見ても、シャッターを切りたくなります。
どこを見ても、新規の、未知のものばかりだから。
でも、住み慣れた大阪を歩いていたって、高性能な目を持っていれば、360度どこを見ても、シャッターを切りたくなるもんです。
その目をね、新規で未知のものだけに囲まれて麻痺させてしまうと、後年、エラい目に遭います。

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