2006年7月13日木曜日

高校野球、豊中にはじまる





用事があって、豊中へ行っておりました。
豊中といっても、阪急の曽根。ま、そんな細かいことは大阪以外の人にはわからないので、どうでもよろし。
むかし、1年ばかし住んでたんですよね。
閑静な住宅街だけれども、新興じゃないし、きどったところがなくて、いいところです。
久しぶりだったので、少し散歩してました。
ちょうど駅の裏に大きな公園があって、市民プールもあって、その横に野球場があります。
こぢんまりとした野球場ですけどね。
『豊中ローズ球場』と言います。
なんでローズ球場なのかは知らないけれども(笑)

この野球場の入口に、ひとつのプレートがあります。
「高校野球、豊中にはじまる」。

そう、高校野球夏の大会の前身、全国中学校優勝野球大会が初めて行なわれたのは、この球場でした。
厳密には、この球場はすぐ近くから移転されていて、名前も豊中球場だったんだけれども、この野球場が歴史のいち証人であることには変わりありません。
今から91年前の、1915年のことです。

この球場自体は今もむかしも豊中市の持ちものですが、高校野球の第1回大会を主催したのは、当時、箕面有馬電軌と呼ばれていた阪急電鉄です。
それがどこでどうなったのかは知らないけれども、会場は鳴尾球場に移り、やがて甲子園球場という格好の場所を得、そこは高校野球の聖地となっていきます。

当初、阪急電鉄の主催ではじまった夏の高校野球は、阪神のホームグラウンドである甲子園に移り、その阪神は阪急に統合されました。

夏の高校野球が、再び、阪急の手に戻ったとも言えます。

なにやら奇妙な巡り合わせを感じながら、豊中ローズ球場とその周辺の公園をウロウロと散歩してました。

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