2007年2月6日火曜日

『ダーウィンの悪夢』


外来肉食魚のブラックバスやブルーギルなどの放流が巻き起こす生態系破壊への警鐘は、関西では琵琶湖があることもあって、かなり以前から響いてます。もっとも、ブルーギルは、現天皇が皇太子時代に日本へ持ち帰ったことは、ほとんど顧みられませんが。

この映画、昨年12月にすでにDVDで観たんですが、なんだかなぁ、と、思ってて、レビューを書かずじまいでした。
でも、この2、3日、マイミクさん数人が立て続けにレビューを書いたこともあって、やっぱ、書いとくか、ということで。

ドキュメンタリー作品でして、主役は、人類発祥の地であるアフリカ・タンザニアが英領であった1954年、ヴィクトリア湖に放流されたバケツ一杯の外来肉食魚のナイルパーチ。このナイルパーチは、成長すると全長2メートルにも達する巨大魚でして、わずか数十年のあいだに湖の固有種は壊滅、食物連鎖のトップに立ち、その旺盛な繁殖力によって、暗躍する多国籍企業を潤わすこととなるわけです。

グローバル経済のなか、飽食の欧州や日本の食卓へと膨大に運び込まれてくる白身魚の多くは、まさにこのナイルパーチですわ。「白スズキ」の名前で日本に大量輸入されていて、ファミレスやらマクド、学校給食やら弁当の材料、スーパーの安もんの味噌漬けや西京漬けなどに使われてま。

んで、本ドキュメンタリーの調査が訴えるのは、生物多様性の破壊にとどまらなくて、ナイルパーチの移入による飛躍的な漁獲量やスポーツ・フィッシングなどが生み出す大きな経済効果は、その裏で悪夢のようなさまざまな悲劇を呼び込むことになってます。
急激な商業的開発による伝統的零細漁業の衰退、ナイルパーチ加工用燃料を得るための森林伐採、酸素不足が生む藻やユスリカ繁殖による湖の赤潮化、地域社会の荒廃、戦争の恒常化などなど…。本作は、湖の生態系のみならず、人間の生態系をも喰い尽くしてゆくグローバル資本主義のロジックを暴露してます。
映し出されてゆく環境破壊、戦争、極度の貧困、飢餓、暴力、レイプ、ストリート・チルドレン、売春婦、HIVエイズ感染者、ドラッグ、地元漁師、政治家、実業家、欧州委員……。外来魚産業による地域経済の活性化を強弁する為政者の姿もありますわ。

ウクライナ人の操縦する巨大な航空貨物機が数日毎に到着し、二束三文で買い叩かれた55トンもの切り身を欧州へ持ち帰る。貧困に喘ぐ地元民が口に出来るのは腐敗しかけた「アラ」のみ。超低賃金で雇われた労働者の足にウジが這うナイルパーチ処理場はアンモニア臭の煙に燻され、そのアンモニア・ガスによって片眼が腐り落ちた女性の告白は、目を覆いたくなるほど強烈です。暴力の恐怖や空腹から逃れるために、魚の梱包材を火で溶かして麻薬代わりに吸い込むストリート・チルドレンたち……。
1日1ドルで国立魚類研究所の夜警を務める男ラファエルは、元兵士。貧困に喘ぐアフリカでは兵士の高給が魅力であり、多くの者が戦争を待望していることを、殺気立った、諦観に満ちた表情で語り上げます。

そして恐るべきことに、魚を運ぶ航空貨物機が欧州から持ち込むものとして、アンゴラやコンゴ、ルワンダなどへ流れてゆく武器弾薬の疑惑が浮上するんですよ。「北」へ送られる魚。「南」へ送られる武器。強者の論理に則って「最前線」には絶望的貧困と戦争が放置され続けます。「アンゴラの子供達はクリスマス・プレゼントに銃を贈られ、ヨーロッパの子供達はブドウを貰う」(ウクライナ人パイロット・セルゲイの友人の言葉)って、あなた…。

アフリカで広がる飢餓。先進国による経済援助ビジネス。得た資金で購入される武器。先進国へ持ち帰られる資源・産物。貧困を温床にした戦争……。用意されたかのようなこの悪のスパイラル、絶望的連鎖の真っ只中に、今、オレたちはいるということが、よーくわかる映画。

ここにあるのも、ダーウィンが言うところの「弱肉強食の生存競争」「適者生存の自然淘汰法則」なんですかね?
違いますね。先進国の人為的な行為であるこのメカニズムを、つくり上げるのも、壊すのも、消費者民主主義を謳歌する「北」に住むオレらの、これからの生きかたに重くかかってます。

生き血を吸いながら肥え太るグローバル資本主義。そして本作は、贅を尽くす先進国の営みを貧者に奪われんと存在するのが軍隊である、ということを、まさにズバリ言い当ててます。あまりにも悲しい、当節人類社会の縮図が、ここにはありますわ。

「『ダーウィンの悪夢』で私は、ある魚の奇怪なサクセス・ストーリーと、この最強の“適者”である生きものをめぐる一時的なブームを、新世界秩序と呼ばれる皮肉で恐ろしい寓話に変換しようと試みた。だから同じ類の映画をシエラレオネでも作ることが出来る。魚をダイヤに変えるだけだ。ホンジュラスならバナナに、リビア、ナイジェリア、アンゴラだったら原油にすればいい。ほとんどの人は現代のこの破壊的なメカニズムについて知っているだろう。しかし、それを完全に描き出すことが出来ないでいる。それは、知ってはいても本当には信じることが出来ないからだ。例えば、最高の資源が見つかった場所のすべてで、地元の人間が餓死し、その息子達が兵士になり、娘たちは召使いや売春婦をしているなんて、信じがたいことだ。しかしこのような話は、何度も繰り返され、私は気が滅入ってくる。アフリカ大陸の人々にとって、市場のグローバル化は、数百年に及ぶ奴隷制度と植民地化に続く致命的な屈辱だ。全世界の人口の四分の三を占める第三世界に対する富裕国の横柄さは、私達全人類の未来にとって計り知れない危険を生み出している。この死のシステムに参加している個々の人間は、悪人面をしていないし、多くは悪気がない。その中にはあなたも私も含まれている」
(フーベルト・ザウパー)

この映画のレビュー、なぜ書くことを躊躇っていたかというと、こうした内容は、みんな知ってるもん。
みんな、知ってるでしょ。ぼんやりとでもね。
オレは、仕事柄、詳しく知ってるし、今さらなあってのもあるし、なによりも目を覆いたくなるような惨状をこれでもかと見せられてね、気が滅入ってくるんですよ。

安倍政権は、なにがなんでも京都議定書を守るなんてこと言ってるけど、今のペースだときっと無理だし。
オレはとりあえず出来ることをやろうと思って、目のまえの現実と格闘していくだけなんですけれどもね。

ましてやオレは、表現者でもあるわけなので。

ブルーハーツが、デビューしたとき、言ってました。
ブラウン管の向こうの出来事と自分の半径5メートル以内の出来事は、等しく重要だ。
でも、それを等しく重要にさせるのには、想像力が必要だ、と。

ロックの素晴らしいところは、聴いた次の日に、聴いた人にナイフを持たせる、言葉の機関銃を持たせるところにありますな。
オレは、そういうふうにロックと付き合ってきました。

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