2006年1月7日土曜日

夜の





パン屋を営んでいるくせに、夜な夜な飲み歩いて、道で寝っ転がって凍死しそうになってるオンナが、オレの友だちにいます。

パン屋のくせに、夜、生き生きしてるオンナ。
でも、だからこそ、オレは、彼女が好きなのです。

なんでもいい。
試しに、夜の、を頭につけてみてください。

「夜のmixi」
「夜のルイス」
「夜の清原和博」
「夜の牛肉」
「夜の耐震構造偽装問題」
「夜のおはようございます」

いずれにしても、夜は、どこかに後ろめたさと大胆さと投げやりなかんじとぬくもりと残酷さを想像させませんか?

もしも夜がなかったら、と思うと、ゾッとするのですよ。

寝れんし。
遊べんし。
思われへんし。

夜の、と冠してしっくりくるモノあるいは人というものは、もとより夜を所有出来る素養を持っているのであり、物事を裏表両面から見ることを普通にやっているというのが、オレの印象です。

そういえば、オレのマイミクさんたちは、夜、それもハンパではない夜に日記を更新されている方が多い。

オレは、正月からこっち、陽の光が射してるあいだに日記を更新してしまっているので、ペースが狂いっぱなしです。

こんなときこそ、大西ユカリを聴かねば。

夜とエロが単に直結しているとしか考えられぬバカ者どもに、夜の豊かさを歌で知らしめようという戦士こそ、今のオレには必要なのですから。

横浜には横山剣のクレイジーケンバンドがあるが、大阪には大西ユカリ姉御がいますね。

歌謡曲は粘液質です。それを大西ユカリは忘れさせない。
大西ユカリはジェームズ・ブラウン・マニアです。R&B、ファンクを体臭としている人です。それは、教養ではない。ジェームズ・ブラウンでさえ情報化することしか出来ない者の理解をぶち壊す力技など、大西にはあたりまえのものなのですよ。

しかも、大西は、聴かせるだけでなく、見せることもすべて込みで自らの歌世界を展開していく。
大西は、普通のライブハウスのみならず、各種の夜の世界で活動を重ねてきました。そのかたわら、ゴスペル歌謡を多くの人に教えることも続けています。で、世の中が薄味に傾こうが小ジャレに包囲されようが、自らの道が揺らぐことがない。

北米ソウル音楽と日本高度成長期歌謡の融合のために集まった大西ユカリ・バンド「新世界」の面々は、いずれ劣らぬ強者揃いです。

世間はなめても、夜をなめたらアカン。

これが、大西ユカリと新世界の豪気。
お色気があとからついてくる力技の数々は、しかし、腰が低い。楽しむということは、夜とまぐわい、心の子孫を増やすことでもある。
エロカッコイイの倖田來未? ああ、小便臭いだけですね。

大西ユカリと横山剣が対決する紅白歌合戦になれ。

まだ物の怪が闇で啼いていたかつての日本の夜には、ダメなやつ、愚図なやつ、怖いやつ、強いやつ、泣き虫におこりんぼがゴロゴロしていました。そんな日本の夜に思いを馳せることのある人よ、聴くべし。大西ユカリはいつでも夜の真ん中で笑っています。

そして、件のパン屋は、夜のタネ銭を得るため、今日もパンを焼く。



大西ユカリと新世界 / 『キューティーハニー』

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