2007年3月19日月曜日

美しく正しい日本語


職業柄というわけではけっしてないんですが、大きめの書店に入ると、言語関係の書籍を取り揃えたコーナーに立ち寄ってしまう性癖があります。
んで、そこには必ず、「美しい日本語のために」とか「日本語の危機」といったタイトルの背表紙が、何冊か並んでいます。

どうやら、世のなかには、美しい言葉と醜い言葉があって、かくあるべき理想的な日本語が存在すると思っている人が、結構いるらしいのですね。

んで、1冊を手にとってパラパラとめくってみると、それは、ベテラン・アナウンサーが正しい発声法や発話法を伝授する本であったり、作法の達人であると自他ともに認める著者が礼儀に適った話しかたについて蘊蓄を傾けていたりします。
あるいは、自分こそは正統的な日本語の使い手であり、守り手でもあるという使命感に燃える教養人が、日本語の乱れに危機感を覚えて警鐘を鳴らす、というものとか。

日本語のここが乱れとる。けしからん。間違っとる。かくかくしかじか正しくはこう言うべきだ云々。

ごもっとも。
そう思いつつも、なんやしらん、腑に落ちまへん。はっきりいって、不快感を覚えますわ。上から見下すようにモノを言われたときにカチンとくる、あの気分に似てます。

何様のつもりか知らんが、日本語はアンタだけのものじゃないで!
と。

不快感の要員は、つまるところ、そこにありますねん。
言葉は、その言語を共有する共同体全員のもので、日本語は、日本で生活するすべての人々の共有財産なんですけどね。
ときの為政者が強大な権力にモノをいわせてどんだけ強要しようと、正義を振りかざす団体が当然とばかりに圧力をかけようと、どんなに権威ある学者や専門家が高邁な学識を動員して啓蒙しようとね、圧倒的多数の人々が、その言葉を使うようにならないかぎり、その言葉は、言葉になれんのですよ。
このあたり、言葉というのは、小気味いいほどに、単純民主主義ですから。

だからこそ、自分の美意識を露ほども疑うことなく、
日本語はこうあるべきや!
と、悲憤する人の姿は、なんだかひどく哀れでおかしいです。

ということを、むかし、とあるマイミクさんに言ってあげたら、あんたのせいで病気になり、寝込んでしまい、日常の生活に支障が出た、どうしてくれるねん!と、わざわざメッセージを使って脅されましたが(笑)

もちろん、他人の発言を聞き、文章を読んで、美しいと感動したり、逆に不快感を覚えたりするのは、誰もが経験する心の反応です。
誰もが、程度の差こそあれ、言葉に対する独自の審美眼を持ち、聞き取った言葉や読み取った言葉を、美しい!とか、汚い!とか、醜い!と判断し、使い分けてます。

ふと思ったんですが、これは、ミュージシャンが楽器を奏でるときの感覚に、似てなくもないですな。

というのも、こないだ、子供の音楽教育に取り組んでいるチェリストを共同取材したときのこと。
某大新聞記者が(Aのつくとこですが…)、
「子供たちが美しい音楽を奏でるようになるのには、どんな点に留意するべきなのでしょうか?」
と、質問したのですね。
この質問が発せられた時点で、オレは、さすがは某大新聞(Aのつくとこですが…)、アホな質問してはるわ!と思ったんですが。ま、それはよろし。
でも、このチェリストさんも、きっとおなじことを思ったんではなかろうか、と。
彼は、待ってましたとばかりに、かなり嬉しそうに、こう答えました。
「プロコフィエフの『ピーターと狼』を聴いたことはありますか? あの狼の音、あれは、一般的に、必ずしも美しい音ではありません。むしろ、醜くて汚い音です。あれが清らかな音では困るんです。自然界にも世のなかにも、人間の感覚にとって心地いい音、耳障りな音があります。
でも、音楽そのものには、美しい音も醜い音もないのです。
要は、伝えようとするメッセージを、それが美しいものであれ醜いものであれ、もっとも的確に表現すること、これが音楽も含めたすべての表現に求められていることですから」
と。

そうそう!
オレは、内心、拍手喝采なのでした。

言葉だって、そうなのですよ。
言葉は、絵を描くときの絵具の色、曲を奏でるときの音色です。
世のなかの森羅万象、それに複雑怪奇な人の精神を描き尽くし、伝え、微分も積分もし、解釈し、讃え、批判し、呪い、祝福するためには、美しく正しい言葉と言葉遣いだけでは、到底間に合わんのです。

ら抜き言葉はね、らを抜かざるを得ない切迫した事情が、その言葉を発する人たちの裡に、あるんです。
それはもう、その言葉を発する当人が意識していようがしていまいが。
そんなことに思いも馳せずに、日本語はかくあるべし!などと言ってる人はね、頭のなかが晴れっぱなしの、ノー天気な人です。
オレは、願い下げです。
あ、件のマイミクさんは、メッセージを送りつけてきたあと、マイミクをぶった切ってくれました(笑)
ま、これは余談でした。突っ込まないよーに(笑)

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